三位一体の学問として

さて、学問の中から次に紹介するのは、統計学です。この統計学は、歴史を遡れば非常に古く、紀元前三千年ごろのエジプトや、紀元前2300年ごろの中国において人口調査が行われたのがスタートであると言われています。紀元前435年から、ローマでは定期的なセンサスという人口調査が行われ、中世になると各国で耕地・財産・産物・身分別人口などの一覧が作成されるようになりました。しかしながら、この時代にはまだ統計の方法論などには発展していません。これが統計学という学問として発展するようになるには、ヨーロッパの三国による動きが非常に大きく影響しました。まず始めに挙げるのはドイツです。ドイツに於いては近代以降、より産業を育成し、人口を増加することを促進するために、国家情勢を正確に把握する必要があるとして、国家学の一部として、土地・住民・組織・租税・軍事などの要素について体系的に記述する国勢学が生まれました。これらはドイツ大学派として広まっていきます。その特徴として、データの収集については一日の長がありましたが、数値の分析についてはあまり発展しないという特徴を持っていました。そこに、数値分析の重要性を加えたのはイギリスです。イギリスは資本主義の発達と「経済哲学」の影響を背景として、社会現象を大量に観察、数的資料を創り上げることによって、数理的因果関係を追求する、政治算術学が登場します。この学問によって、死亡統計から人口の計算がされるなど、より数学的な動きを見せます。これに力を貸したのは、かの彗星でも有名なハレーで、ハレーによって年齢階級別死亡率や、生存確率などの計算がされ始めるようになります。そしてその確率論についてより発展させたのがフランスでした。フランスでは確立の研究が盛んに行われはじめます。元々はサイコロによる賭博師から始まった確率論は、パスカルとフェルマーという二人の統計学者によってより論的確率論として成立し、ベルヌーイによって数学の基板上に確率論が載せられることになりました。そして登場するのが、ラプラスです。「ラプラスの悪魔」のラプラスは、確立の古典的定義を樹立し、ここにおいて確率学が成立します。このドイツの国勢研究・イギリスの人口研究・フランスの確率研究がそれぞれ合わさることによって、現代の統計学が登場することになったのです。そして近代へ入り、段々と統計学の方針が変わって行きます。それというのも、コレまでは既に存在するデータを元にした統計がほとんどであったのに対して、推測統計学という、確率論によってその後のデータがどのように変遷するのかまで追求するものが登場したためです。これによって統計学はその場その場の学問から、よりその進展を見据えた学問へと変遷しました。そして現代、それらの計算にコンピュータが使用できるようになり、確率の計算はより迅速に、より精密に行うことが可能になりました。今後もまだまだ発展が見込まれる、そんな分野であると言えるでしょう。さて、そんな統計学からは3つのことについてより詳しく紹介したいと思います。まずは、統計分布について「散布度」、さらには確率論の根幹に関わる「確率計算」そして最後には、歴史的に統計を行う「時系列」の3つです。それぞれ現代統計学において重要なポイントですので、ぜひ少しでも覚えて行ってください。

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